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気象データのビジネス活用セミナー

弊社取締役社長の萩原秀樹が、2021年11月11日に気象ビジネス推進コンソーシアムが開催した「令和3年度第2回 気象データのビジネス活用セミナー」で講演しました。 講演タイトルは、「漁業と航路選定における日本沿岸海況監視予測システムの利用」です。 講演資料と動画は、 こちら からご覧になれます。

軽石の漂流シミュレーションをしてみました2

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10月末から11月上旬にかけて、高知県沖で軽石とみられる漂流物の存在が確認されました。 11月9日頃からは伊豆諸島でも海岸や沖合で軽石が確認されだしています。 伊豆諸島で確認された軽石は高知県沖の軽石が黒潮によって運ばれたものなのでしょうか。 そこで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の 軽石解析レポート で軽石があるとされた領域周辺に仮想軽石を配置し、漂流シミュレーション②を行ってみました。 【仮定】 1.軽石は高知県沖合に分布(JAXA 軽石解析レポート を参考に設定)。 2.軽石は海面に浮いており、海流によって流される。 3.軽石は風に押されることによっても流される。 軽石にはいろいろな大きさや浮力のものがあるので、風による影響を強く受けるもの(赤色)とあまり 受けないもの(青色)まで6段階の仮想軽石をそれぞれ同じ数(約22,000個)ずつ、浮かべて計算しました。 計算期間は2021年11月4日~11月17日までです。 ここで用いた海流と風のデータは気象庁が発表しているもので、海流は日本沿岸海況監視予測システムGPV(1日予報値、日毎更新)、 風は沿岸波浪GPV(解析値、6時間毎更新)を用いました。 このシミュレーション②では17日までには伊豆諸島に到達できないようです。 現時点までに伊豆諸島で確認されている軽石は、黒潮とは別ルート(伊豆海嶺ルートなど)で流れてきた可能性もあってよいのではないでしょうか。 なお、 シミュレーション① では11月10日の時点で黒潮ルートの先端は伊豆諸島周辺に到達しているので、こちらの可能性もあります。

軽石の漂流シミュレーションをしてみました・続

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前記事のシミュレーション(シミュレーション①) では、風の影響を受けた軽石(明るい色ほど風の影響が大きい)は西へ、風の影響が小さいもの(主として海流によって運ばれるもの)は北へ向かう傾向がみられました。西進し沖縄・奄美周辺に到達した軽石の一部は北上し黒潮に乗って移動していきます。 10月末から11月上旬にかけて、高知県沖で軽石とみられる漂流物の存在が確認されました。 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の 軽石解析レポート も、10月30日に種子島周辺、11月4日には高知県沖と黒潮流域での確認を報じています。 シミュレーション① でも11月4日の時点で高知県沖に到達している様子が見られます。 11月4日の軽石分布(青: 軽石解析レポート 、赤: シミュレーション① ) 一方、 シミュレーション① で伊豆海嶺に沿うように北上した仮想軽石は11月上旬には伊豆諸島周辺に到達しています。しかしながらこの時期(※計算期間の11月10日までの間)、小笠原諸島~伊豆諸島周辺での軽石発見情報は聞こえてきません。 これは福徳岡ノ場から北上する軽石は現実には無かったということなのでしょうか。

軽石の漂流シミュレーションをしてみました

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福徳岡ノ場海底火山の噴火に伴う軽石の漂流経路シミュレーションをしてみました。 2021年10月17日ごろから、沖縄本島に大量の軽石が漂着し、深刻な社会問題を引き起こしています。 10月4日ごろ、北大東島にも大量の軽石が漂着していました。 この軽石は南硫黄島の北北東約6㎞のところにある福徳岡ノ場( 海上保安庁HP )で、2021年8月13日午前6時ごろ発生した海底火山の大爆発によって噴出したと考えられます。 それでは福徳岡ノ場から1400㎞も離れた沖縄本島に軽石はどのような経路をたどってたどりついたのでしょうか? この疑問に答えるため、私たちはいくつかの仮定のもとに軽石の漂流シミュレーションを行ってみました。 【仮定】 1.海底火山爆発の直後、軽石は半径30㎞の円状に分布していた。 2.軽石は海面に浮いており、海流によって流される。 3.軽石は風に押されることによっても流される。 軽石にはいろいろな大きさや浮力のものがあるので、風による影響を強く受けるものとあまり 受けないものまで6段階の仮想軽石をそれぞれ同じ数(約17,000個)ずつ、浮かべて計算しました。 計算期間は2021年8月13日~11月9日までです。 ここで用いた海流と風のデータは気象庁が発表しているもので、海流は日本沿岸海況監視予測システムGPV(1日予報値、日毎更新)、 風は沿岸波浪GPV(解析値、6時間毎更新)を用いました。 図の左上に日付が示されています。9月30日ごろ粒子が一瞬大きく動きますが、これは台風16号が通過したため強い風が吹いたことによるものです。

黒潮大蛇行(その3)

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2015年の7月末から8月初にかけて発生した黒潮の蛇行は、9月下旬からしばらくの間、 C型 の流路を取っていました。しかし、11月の5日頃から、蛇行の最終段階の D型 に到達したようです(図008T、黒潮蛇行のパターンを参照して下さい)。 黒潮と陸岸の間にできる冷水域の中心が伊豆海嶺(かいれい)上にあって(黒潮大蛇行、その2、参照)、黒潮流路は C型 をとっていたのですが、冷水域が海嶺の東側へ移り、 D型 流路となりました。冷水域がさらに東の方に移動すれば、一連の黒潮蛇行は終息し、 N型 の流路に戻ると思われます。 図008T 2015.11.05 200m深水温分布 今回の黒潮蛇行は当初かなり顕著なものでしたので、過去の経験からすると、1年やそこらは持続するものと思われました。しかし、半年ももたない短命なものとなりそうです。以前にもこうした短命な蛇行はあったのかも知れませんが、十分な頻度で観測が行われていなかったため、こうした短期の蛇行は見逃されていたのかも知れません。

黒潮の蛇行パターン

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【基礎知識-001-17】 黒潮は大陸棚や陸岸に沿って流れているのですが、紀伊半島周辺からは陸岸から離れ、曲がりくねりくねった流路(黒潮の蛇行)を取るようになります。この曲がりくねった流路にはいくつかのパターンがあることが知られています。海上保安庁は図001-20に示す様な流路パターンを提示しています。 図001-20 黒潮の蛇行パターン(海上保安庁HPによる)   ここで注意すべきことが2点あります。1つは蛇行には「大きな蛇行」と「普通の蛇行」の2通りがあると言うことです。学問的には「大蛇行」と「非大蛇行」と言うかた苦しい表現が使われています。黒潮蛇行の南端部分が北緯32度より南に下がるものを大蛇行と呼んでいます。2つ目はこれらのパターンが個別独立に存在している訳ではないということです。時とともに蛇行状態が変化して行く中で、特徴的なステージに名前が付けられているのです。A型とB型は蛇行がつくりだす冷水塊の位置が伊豆海嶺の西側にある場合で、C型は伊豆海嶺をまたいで冷水塊が存在する状態、D型は伊豆海嶺の東側に冷水塊が存在する状態です。N型は黒潮が蛇行せず、直進している状態です。多くの場合(A)→B→C→D→Nと言ったパターンの変化をします。逆の順序、D→C→B、での変化は老人の知る限りありません。2015年の7月末に発生した蛇行はやや小ぶりのA型からB→Cへと変化してきています。

黒潮大蛇行(その2)

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  【T-004】 今年の8月初、黒潮の流路は大きく曲がりくねりだし、黒潮大蛇行の状態に入りました。8月の末には蛇行状態は緩やかになり、黒潮冷水塊の位置も東に移りました(図006T)。それから1ヶ月後の9月下旬には(図007T)に示す様な流路となっています(15℃の等温線が黒潮の流軸とよく一致する)。 8月下旬、黒潮の蛇行は緩やかになってきていますが、黒潮冷水塊は円形をしていて、確りした渦状態を保っていました。しかし、9月の末になると、黒潮冷水塊の中心部はばらけ、水温も上昇してしまっています。黒潮の大蛇行が終わりつつあるのかも知れません。 図006T  200m深水温分布(2015.08.26) 図007T 200m深水温分布(2015.09.27) 一つ注目すべき点は房総半島沖の黒潮流路です。8月末時点では黒潮が房総沿岸に極めて接近して流れていたのですが、9月末では大きく離岸した流路を取っています。この図で見る限り、大して離れていないと思われるかも知れませんが、実際には150km以上も離れているのです。こうした状態を「房総沖の口があく」などと言うことがあります。黒潮が離岸し、口があいた状態になると、ここを通って親潮系の冷たい水が関東・東海沿岸域に入り込んできます。房総沿岸の漁模様は黒潮の離接岸によって大きく変化しているはずです。